この土地に刻まれてきた様々な記憶。それらの紡がれてきたものを掘り起こし、今ここで生きる人々の日々の営みや様々な思いを織り込み、彼らとともに紡いでいくプロジェクトの活動を、ゆるゆると綴ります。


by tsumugi-tsumugu

かふぇ&とーく+おにぎり、無事に終了しました。


「かふぇ&とーく+おにぎり。」無事に終了しました。
ご参加いただいた皆様、どうもありがとうございました。


「震災」から1年7ヶ月がたちました。
震災の爪痕はいろんな所に、見えるもの、見えないものも含めて、まだまだ残っています。
真っただ中にいる人もいれば、一区切りつけて歩き出している人もいます。
そのどちらとも言えない曖昧な所にいる人も多いんじゃないかと思います。
混沌とした状況が続いています。


今回の企画は、それぞれが抱えているそれぞれの“何か”を吐き出したり、共有したり、分かち合ったりできる場があったら、という思いがあって準備しました。
今、それぞれの立場や考えの違いが原因で様々な“境界”が生まれていると感じています。
“境界”自体は今までも色んな場面にあったものではありますが、こと放射能に絡んだ“境界”が“溝”や“壁”となり、これまで以上に人と人との心を隔てている気がしています。
そういう場面に出くわしている人は私だけではないと思います。
そういう“境界”が、少しでも埋まればという思いがあります。



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13時に集まり、まずはおにぎり作りから。
お米は沖縄の街あるきライターの一柳さんが送ってくれた石垣島産のお米を、お漬物は名古屋の宮代さんがこの日のためにとわざわざ送ってくれた守口漬けを添えました。
おにぎりの具は鮭・明太子・梅干し。

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14時開始。
参加された皆さんに自己紹介をしてもらいつつ、今思っていること、これからのことで考えていることを、それぞれに話をしてもらいました。
話を聞くなかで気になった言葉や、自身が気になる言葉を紙に書き出す、キーワード出しも。
まったりお茶を飲みながら。途中でおにぎりを頬張りながら。


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今回出された話の中から、かいつまんでご紹介したいと思います。


▼起業する人が増えている。また補助金・賠償金をもとに物を買う人が多くなったので商店にもお金が回るようになった。赤字で何年も税金を払えなかった所が黒字に転じてウン年ぶりに税金を払うといった状況が生まれている。
▼不安はあるが日常生活である程度お金がまわっているので不満がはない。→「選挙いってもしょうがないよね」 2012年9月のいわき市議会選挙の投票率は50.05%だった。
▼昨年の夏以降、テレビのスポットCMに重機のリース会社などが多くなっている。お金の使い道に困って広告を打つ。


▼宮城県大崎市の農家は原発事故後売り上げが20%減ったという。東電と交渉をするが福島県じゃないというだけで門前払い。
▼県外の人から「福島の人はなぜ声を上げないのか?」と言われる。「お金をもらっているんでしょう?」という見方をされることも。「福島はお金もらってるじゃん」「全然何も言わないじゃん。原発反対と言っていいんじゃないの?!」賠償金をもらってる・もらってないという見方。そして賠償の問題で他県と線切りされている一面もある。
▼福島の人間が声を出さないと変な風に捉えられてしまう。


▼声を上げている余裕はない。とにかく今は暮らさなければならない。目の前の生活で精一杯。
▼日々忙しくしていることによって不満をそらしている部分も。
▼「福島の人」「福島の声」と言っても、浜通りの人・声では必ずしもない。浜通りと中通りの状況は違うし、会津地方はもっと違う。
▼小さい子どもがいる親は出て行っている。そういう人は声をあげられない。声を上げるのも難しい。50代の人間くらいなら比較的あげられる?
▼声はある。が、あげる余裕がないのも事実。


▼県外に出ると、福島の問題が「通じない」と感じることが多い。少しでも関心のある人でも“ずれ”があるし、関心のない人に話をしても通じない。ぴんと来ないという感じ。でもそれはもう仕方がない。目の前の問題が違うのだからそれはもう仕方がない。それを超えてどう伝えていくか。
▼相手に想像させるということを強要してはいけない。
▼とにかく福島に来て。見て。
▼ゆっくりでいいから伝えて行くしかない。
▼いわきの人で話す放射能ネタは笑い話になるが、県外の人の前で話すとドン引きされる。それだけ私たちにとって放射能が日常化しているということ。


▼震災後いわきに来た。いわきに住んでいても自分は想像が及ばない側。震災を経験していないから。
▼東京は東京で格差がある。
▼東京から言えば知人などがいないと情報の取りようがない


▼3.11後にいわき市内では断水になったが、セシウムがかなり入ってたと聞く。今思えば断水になって良かった。
▼2011年3月、フィルムバッチ(放射線業務に従事する人が被曝線量を測定するのに装着を義務付けられている測定器)からも反応が出ていた。つまり異常な状況だった。(医療関係者の話)


▼福島の人はよく言えば「我慢強い」。悪く言えば「すぐ諦める」。
▼国の作った基準を信用するかしないかは自分。出ても食べる。出なくても食べない。後者は風評被害にもつながりかねない。
▼選択の幅が与えられる状況で食べたい。
▼学校給食の材料は埼玉など県外からきている。牛乳は選択制。


▼放射能のことを考えるのがしんどくなってきている
▼判断の基準はそれぞれ自分自身。場所によって基準をギアチェンジさせる。それが自己防衛。


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大阪で「七墓巡り復活プロジェクト」に取り組んでいる陸奥賢さんが「まわしよみ新聞」という企画をしているのですが、今回試しにやってみることにしました。
何種類かの新聞(全国紙・地域紙・スポーツ紙など)持ち寄り、参加者がそれぞれに気になった記事を切り抜いて出し合い(理由もきく)、厳選なる審査のうえ(オーナーの独断と偏見という意見も)、大きな画用紙に貼っていき、オリジナルの新聞を作る、というものです。


新聞に飾られている一面の記事は、個々人にとっては必ずしも一面とはなり得ません。
それぞれが注目する記事、重要だと思う記事、面白いと思う記事は違うものです。
それを出し合い話をしていくなかで、相手の状況を想像し、個々の違いや差を認め、楽しむ。
コミュニケーションツールにもなっていきます。


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福島の地域紙は、やはり他と比べて様相を異にしているようです。
先日本場の大阪での「まわしよみ新聞」作りに参加して、福島の新聞を持参したのですが、あまりの震災・放射能関連の記事にずいぶん驚かれました。
今回も、県外からの参加者に「新聞の3分の一が震災関係で、3分の一が文化面で、3分の一がスポーツ関連なんですね」と。


気付かないうちに、身体も思考も慣れていくものです。
また、そうしないと暮せないことも、私たちは知っています。


新聞を通して、お互いがお互いの状況をすぅっと理解することもできるようです。
私たちにとっては、今置かれている状況の異常さを、改めて認識する術ともなります。



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TSUMUGUプロジェクトを立ち上げたときから、思っていることがあります。
私たちは、ここで暮らし、ここで日々の営みを繰り返しています。
あなた方がそこで暮らし、そこで生きているのと同じように。
その暮らしには、違いはありません。


ここが福島であるという理由で、“境界”が生まれ、それ溝となり壁となり人の心を分かつのであれば、ここで暮らす者として、それを何とかしていかなければなりません。
私たちと、下の世代のために、です。


福島のなかでも様々な境界が生まれています。
それを解消するような何かを、ゆっくり、楽しみながらやっていくしかありません。
顔を見て、お茶を飲みながら、話ができる距離で、話をする。
小さなことを一つ一つ、小さな出会いを一つ一つ丁寧に積み上げていくことが、大事なんじゃないかと。
そこに“アート”は有用だと思います。ただし取り入れ方を考える必要はありますが。



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改めまして、お忙しいなかご参加くださった皆さま、ありがとうございました。
初対面の方もいらっしゃいました。
人と出会い話をし、少しでもモヤモヤを吐き出せていたら、スッキリできていたら、そして差や溝を許容する何かが生まれていたとしたら、嬉しく思います。


また、会場を快く使わせて下さった菩提院さん、おにぎりのお米を沖縄から送って下さった一柳さん、この日のために名古屋のお漬物を送って下さった宮代さん、特別協賛をいただきましたアサヒビール株式会社さま、助成をいただきました公益財団法人アサヒビールグループ芸術文化財団さま、ありがとうございました。


次回は…「かふぇ&とーく+…うどん?!!」 になりそうな気配です。
乞うご期待です。
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by tsumugi-tsumugu | 2012-11-05 22:19 | 日々の出来事